ET-KING「死にすぎ」の真相と悲劇、残されたメンバーの今
et king 死に すぎという無遠慮な検索ワードがネットのアルゴリズムに浮上するたび、胸の奥を刺されるような痛みを覚えるファンは決して少なくない。2000年代後半、揃いの法被を身にまとい、不器用なまでの真っ直ぐな言葉で聴き手の感情を揺さぶった大阪発のボーカルユニット「ET-KING」。泥臭い人間味と圧倒的な熱量でJ-POPシーンの頂点へと駆け上がった彼らを襲った運命は、あまりにも過酷で、あまりにも早すぎた。
ネット上でなぜet king 死に すぎなどという痛烈なフレーズが一人歩きしてしまったのか。その背景には、主要メンバーであったTENNさんの急逝、そしてグループの屋台骨であり絶対的リーダーだったいときんさんの病死という、短期間に重なった2つの別れがある。音楽業界を震撼させた二大悲劇の深層と、残されたメンバーが喪失の淵から立ち上がり、今なおステージで放ち続ける魂の叫びに迫る。
ET-KINGに相次いだメンバー訃報の真相とは?「死にすぎ」と噂される背景

世間が「死にすぎ」と過剰に反応してしまう最大の理由は、ET-KINGという看板を支えていた中核メンバーがわずか3年半の間に立て続けにこの世を去った点にある。グループの結成は1999年。共同生活を送りながら夢を追い、固い絆で結ばれた7人組だった。血のつながり以上の結束を誇っていたからこそ、連続したメンバーの喪失は世間に強烈なトラウマ級の印象を植え付けた。
大人数グループであっても、数年のうちに主要人物が2名も相次いで亡くなる事例は極めて稀だ。しかも、一人は突如訪れた自死、もう一人は志半ばでの癌という無情な病魔。この短期間での連続した訃報がネット検索のアルゴリズムを刺激し、センセーショナルな噂や憶測を生み出す土壌となってしまったのである。
2014年秋の激震:TENNさんの急逝と音楽界に残された深い爪痕

最初の悲劇は、2014年9月25日に訪れた。低音ボイスのラップと抜群のリズム感でグループのグルーヴを牽引していたTENNさんが、自宅マンションの駐車場に停められた車内で首を吊っているのが発見されたのだ。享年35。あまりに唐突な死だった。
TENNさんは2012年に元SPEEDの上原多香子さんと結婚し、公私ともに順風満帆と見られていただけに、世間への衝撃は計り知れなかった。遺書とみられるメッセージの存在や、その後に報じられた複雑な家庭環境の葛藤など、さまざまな憶測がワイドショーや週刊誌を埋め尽くすことになる。グループは活動休止を余儀なくされ、残されたメンバーは「なぜ救えなかったのか」という終わりのない自問自答と深い闇に突き落とされた。
病魔との壮絶な闘い:リーダーいときんさんが遺した魂のメッセージ

TENNさんの死という巨大な傷が癒えぬまま、再生への道を歩み始めていたグループに、さらなる過酷な試練が襲いかかる。2017年8月、グループの顔であり絶対的なリーダー、いときんさんがステージ4の肺腺癌であることを公表した。すでに脳やリンパへの転移も見られる絶望的な状況だった。
それでも、いときんさんは笑顔を絶やさなかった。「生きる」という強い意志をむき出しにして抗がん剤治療に励み、車椅子姿でレコーディングに参加。奇跡の復活を信じるファンやメンバーを最後まで勇気づけ続けた。しかし、祈りは届かず、2018年1月31日に力尽きる。38歳という若さだった。魂を削るようにして音楽に命を捧げたその生き様は、日本のヒップホップシーンのみならず、多くの人々の胸に強烈な美学として刻まれている。
ユニバーサルミュージック時代から日本のヒップホップ界へ放った熱量
彼らが日本の音楽シーンに残した足跡は、決して消えることはない。インディーズでの泥臭い活動を経て、大手レコード会社ユニバーサルミュージックからのメジャーデビューを果たしたET-KINGは、ヒップホップと歌謡曲を融合させた独自のスタイルを確立した。
2007年にリリースされた『愛しい人へ』は着うたブームの象徴となり、続くウェディングソングの金字塔『ギフト』は日本中で愛される大ヒットを記録。現在でもSpotifyやYouTube Musicなどのストリーミングサービスでは、彼らの名曲群が世代を超えて再生され続けている。デジタルが全盛となった今も、彼らの泥臭いまでのストレートなリリックと肉声の力は、一切色褪せる気配がない。
KLUTCHを中心に守り抜く灯火:残されたメンバーの現在の活動状況
二人の兄弟分を失い、一時は解散の危機にも直面したET-KING。だが、彼らはマイクを置く道を選ばなかった。現在はKLUTCHを中心に、BOOBY、センコウ、DJ BOOBY、コシバKENらがグループの屋号を背負い、精力的なライブ活動を展開している。
ステージの上には、常にいときんさんとTENNさんのマイクスタンドと衣装が用意されている。亡き二人の魂を連れて全国を回り、汗と涙を撒き散らしながら届ける生演奏は、単なる懐メロの披露ではない。悲劇を経験した人間だけが放つことのできる、圧倒的な説得力を持った「生への賛歌」だ。地域密着型のイベントから大型フェスまで、泥臭い浪速のスピリットは今なお健在である。
悲劇を越えて歌い継がれる魂:ET-KINGが届けるメッセージ
「死にすぎ」という無機質な言葉の裏には、生き抜いた男たちの濃厚な人生と、遺された者たちの血の滲むような葛藤がある。大切な人を失った悲しみは、完全に消えることはない。しかし、その痛みを抱えたまま前を向く姿勢こそが、ET-KINGというグループの真骨頂だ。
いときんさんが残した「お前ら、笑って生きろよ」という無言の教えを胸に、彼らは今日も歌い続ける。どれほど過酷な運命に打ちのめされようとも、人と人との繋がりを信じ、愛を叫び続けること。ET-KINGの音楽は、これからも生きづらさを抱える人々の背中を力強く押し続けていくはずだ。 (出典: et king 死に すぎ(Yahoo!ニュース))