Suchmos小杉隼太の革新的ベースと今も鳴り止まぬ音楽的遺産
小杉 隼 太という不世出のミュージシャンが鳴らした重低音は、いま聴き返してもまったく色褪せない。2010年代半ば、熱狂に包まれたロックフェスの巨大なメインステージから深夜の首都高を流すカーステレオまで、日本中の空気感を一変させたあのしなやかで強靭なグルーヴ。彼がステージネーム「HSU」として刻み込んだ一音一音は、単なるベースラインという伴奏の枠組みを軽々と飛び越え、ひとつの時代のリズムそのものとして機能していた。
ストリートが持つ剥き出しの躍動感と、洗練されたコード感覚を同居させた小杉 隼 太の演奏スタイルは、当時の邦楽シーンの固定観念を根底から揺さぶった。無駄を極限まで削ぎ落としたミニマリズムと、空気をたっぷりと孕んだファットなトーン。彼が遺した音楽的遺産は、時間の経過とともに風化するどころか、現在のグローバルなリスナーの間でますますその熱量と評価を高めている。
グルーヴの革命:アシッド・ジャズとネオ・ソウルをJ-POP最前線へ

Suchmosがシーンに登場したとき、日本のポップミュージックの景色は一変した。当時、邦楽ロックの主流を占めていたのは、手数の多いハイテンポなギターロックや四つ打ちのダンスビートだった。そこに現れた彼らは、アシッド・ジャズやネオ・ソウルのエッセンスを大胆にJ-POPの文脈へ落とし込み、独自の都市型グルーヴを提示してみせた。
そのアンサンブルの屋台骨であり、心臓部として拍動し続けたのが小杉隼太のベースだ。2016年にリリースされ社会現象となった「STAY TUNE」のベースラインは、ドライブ感あふれるミュートと跳ねるようなオクターブの跳躍が特徴的で、耳にした瞬間に体を揺らさずにはいられない引力を持っていた。続く名盤『THE KIDS』で彼らが第59回日本レコード大賞最優秀アルバム賞を受賞した事実は、オルタナティブなブラックミュージックの語法がメジャーの頂点へと届いた歴史的瞬間だったと言える。
シティ・ポップのリバイバル前夜とも言えるタイミングで、彼らが鳴らした都会的でスモーキーなサウンドスケープは、単なる懐古趣味ではなく極めてモダンなストリートカルチャーの結晶だった。
SANABAGUN.からSuchmosへ――ストリートが育んだジャズの骨格

小杉隼太の卓越したベースプレイを語る上で欠かせないのが、彼のルーツにある生粋のジャズ教育とストリートでの叩き上げの経験だ。音楽大学でジャズの高度な理論とテクニックを叩き込まれた彼は、路上から圧倒的な熱量で頭角を現したジャズ・ヒップホップ集団「SANABAGUN.」の初期メンバーとしても重要な足跡を残している。
渋谷の路上でアンプとドラムを広げ、行き交う人々を強制的に立ち止まらせたSANABAGUN.での日々。そこで培われたのは、楽譜の上だけでは決して手に入らない「肉体でグルーヴを伝える」というストリートの筋力だった。ジャズの流麗なウッドベースのタッチと、ヒップホップのタフなタイム感を同時に獲得したHSUは、Suchmosへの合流によってその才能をさらに広いキャンバスへと解き放つ。
アカデミックな知性とストリートの野生。この二面性が奇跡的なバランスで融合していたからこそ、彼のベースラインはどれほど複雑なコード進行の上であっても、決して小難しくならず、大衆の腰を直感的に揺らす力を持っていた。
なぜ彼のベースは特別だったのか? 革新的ベースプレイの秘密と未公開の制作背景

小杉隼太のベースプレイが日本の音楽業界に与えた衝撃の正体は、その徹底した「空間の支配力」にある。多くのプレイヤーが音符を詰め込むことで表現しようとするグルーヴを、彼は「休符」と「ゴーストノート」の配置によって生み出していた。
ソニー・ミュージックレーベルズでのスタジオレコーディングを知る関係者によれば、小杉は常にドラムのスネアとキックの隙間にベースをどう滑り込ませるかに異常なまでの美学を持っていたという。グリッドに機械的に揃えるような整音を嫌い、あえて指先のタッチの強弱や微妙なレイドバック(タメ)を生かしたテイクを採用。これにより、打ち込み主体の現代ポップスには出せない、有機的で人間味あふれるグルーヴが楽曲に吹き込まれた。
愛用したフェンダー・プレシジョンベースから放たれる太く丸みのあるトーンは、ボーカルの帯域を決して邪魔することなく、楽曲全体のボトムを包み込むように支えていた。派手なスラップ奏法に頼るのではなく、指弾き一本で楽曲のドライブ感をコントロールするその手法は、当時のベース界において極めて革新的なアプローチだった。
SpotifyやApple Musicで加速する再評価――国境と世代を越えて広がるリスナー層
現在、SpotifyやApple Musicといった主要ストリーミングサービスにおいて、Suchmosの楽曲は驚くべきロングヒットを記録している。特に注目すべきは、彼らのリアルタイムの活動期を知らない10代から20代前半のリスナーや、アジア、北米、ヨーロッパを中心とした海外の音楽ファンによる再生数が目に見えて増加している点だ。
海外のネオ・ソウルやローファイ・ヒップホップのプレイリストに並んでSuchmosのトラックがセレクトされるケースが増えており、リスナーは言語の壁を越えて「純粋に質の高いグルーヴミュージック」として彼らの作品を受容している。小杉隼太が構築したベースラインは、日本のドメスティックな流行の枠を遥かに越え、世界水準のモダン・ソウルとして国際的な文脈で聴き継がれているのだ。
時代がデジタル化し、あらゆる音楽がフラットに並ぶストリーミングの海の中で、小杉の生々しいベースプレイはアルゴリズムを超えて人々の耳を捉え続けている。
日本の音楽業界に残した爪痕:後進プレイヤーが受け継ぐ「HSUスタイル」の美学
小杉隼太の存在は、日本の音楽業界におけるベーシストの役割と立ち位置を大きくアップデートした。彼以降、J-POPやインディーシーンを問わず、多くの若手バンドやサポートミュージシャンが「HSUスタイル」とも呼ぶべき太く隙間を生かしたベースラインを取り入れるようになった。
かつては裏方として地味なポジションと見なされがちだったベースという楽器を、バンドのアイデンティティを決定づける花形へと押し上げた功績は計り知れない。数多くの現代プロデューサーやトラックメイカーたちが、彼の手がけたベーストラックをリファレンス(音作りの基準)として挙げており、その影響力はロックにとどまらず、R&B、ヒップホップ、シティポップの制作現場にまで深く浸透している。
テクニックを誇示するのではなく、楽曲全体の空気感を決定づけるための音選び。彼が示したベースプレイヤーとしての高い美意識は、次世代のミュージシャンたちにとって今も色褪せない教科書であり続けている。
鳴り響き続けるグルーヴ:小杉隼太が切り拓いた未来のサウンドスケープ
小杉隼太が駆け抜けた音楽人生は、日本の音楽カルチャーに消えることのない鮮烈な光を刻みつけた。彼がSuchmosやSANABAGUN.で見せたベースプレイは、単なる過去の名演としてアーカイブされるのではなく、今この瞬間も新しいリスナーやクリエイターを刺激し、新たな音楽を生み出す原動力となっている。
耳を澄ませば、そこにはいつでも、夜の街を滑らかに疾走するあの太く温かい低音が鳴り響いている。時代がどれほど移り変わろうとも、小杉隼太がベース一本で切り拓いた革新のグルーヴは、未来のサウンドスケープを照らし続ける不滅の遺産だ。 (出典: 小杉 隼 太(Yahoo!ニュース))